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【前回まで】新歌舞伎座の研修では、「昼でも『おはようございます』」の世界を体験した。
最後の研修先は、千日興行だった。
大劇ビルの中にあって、僕がのちに配属を希望していた会社である。このビルの二階にはボウリング場、三階にはビリヤード場。その上の階に劇場が二つ入っていて、ひとつはポルノ映画館、もうひとつが一般の映画館。ビルの横には射的場があり、地下にはジャズ喫茶。千日興行は、そんな遊びの詰め合わせのような場所で、いくつもの商売を営んでいた。
研修の期間は、一週間ほど。僕が担当したのは、一般の映画館である。ポルノ映画館のほうは、研修では担当していない。
一般の映画館といっても、封切りの映画をかける映画館ではない。二本、三本の映画をまとめて上映する、いわゆる二番館だ。
今でこそ、ほとんど見かけなくなったけれど、昔はこういう二本立て、三本立ての映画館が、街のあちこちにあった。大阪なら新世界あたりが代表格だったと思う。
気になって調べてみたら、新世界で長く続いていた老舗の名画座、新世界国際劇場でさえ、今年の三月末に閉館していた。洋画の三本立てが売りで、座席は自由、出入りも自由。そんな映画館が、2026年まで残っていたこと自体、すごいことなのかもしれない。
僕の仕事は、もぎりである。
もぎりというのは、お客さんが持っている切符をちぎって、半券を渡す仕事だ。お客さんを案内するようなことは、特にない。席は自由席なので、好きな席に好きなように座ってもらう。
「いらっしゃいませ」と言って、切符をちぎって、半券を渡す。その繰り返しである。仕事としては、とても簡単なものだった。今では、もぎりという言葉も、あまり聞かなくなった。
二番館のいいところは、封切りを見逃した映画に、安く追いつけることだ。一本だけ観るつもりで入って、三本観て帰る人もいる。得をしたのか、時間を溶かしたのか、本人にも分からないところが、また魅力だった。
この映画館は、いつ入ってもいいし、いつ出てもいい。
だから、朝から晩まで、一日中いるお客さんも、少なからずいた。映画を観に来ているのか、ここで一日過ごしに来ているのか、ときどき分からなくなった。
ひとつだけ、よく覚えていることがある。
劇場が古かったせいか、歩くたびに、靴の裏に何かがべたべたとくっついた。粘着質の、あの感触である。掃除はされていたはずだが、それでも靴はくっついた。あれが何だったのか、今も分からない。分からないほうが、幸せなこともある。
従業員の方々は、年配の人ばかりだった。もう何十年も、この仕事を続けているという人たちである。
そんな先輩たちが、新入社員の僕を「フレッシュマン」と呼んで、励ましてくれた。
「どうや、慣れたか」
「しんどなったら言いや」
みんな優しかった。派手な言葉はないけれど、その一言ずつが、うれしかったのをよく覚えている。
研修中は、ひたすらもぎりをしていた。大きな事件が起こるわけでもなく、淡々と日にちが過ぎていった。
同じ作業を、毎日、同じ場所で繰り返す。単調ではあったけれど、映画館という場所は、意外と居心地がよかった。新入社員には、いきなり難しいことを任せず、まず現場の空気に慣れさせる。そういう意味での研修だったのだろう。従業員の方々の動きや話し方を見ているだけでも、勉強になった。
僕は、映画の仕事を希望していた。
自分もここで過ごすことになるのだろうな、と思いながら、希望は出していた。けれど、配属は確定ではない。この時点では、どうなるのか、正直なところ分からなかった。
そして、結論から言うと、僕の配属先は、ここになった。
大劇ビルの千日興行。研修でもぎりをしていた、あの映画館のあるビルである。
社会人一年目の本当の物語は、ここから始まる。
(Night 6へ続く)