【前回まで】射的場の経理を任された僕は、ミナミの大劇ビルで働き始めた。今回は、同じビルの映画館の話。
※実話をもとにした短編連作です。人名はすべて仮名です。
大劇ビルは、よく言えばにぎやか、悪く言えば雑多なビルだった。
地下一階には、ジャズ喫茶とキャバレーがある。ジャズ喫茶はボウリング場の方から入り、キャバレーはまったく別の入り口から入る。一階はパチンコ屋で、道路に面した横手に、僕が担当する射的場があった。二階がボウリング場。三階が僕の働く事務所で、横にビリヤード場。そして四階と五階に、映画館が二つ入っていた。
大劇名画座と、大劇シネマである。
名画座は、洋画の二本立て。邦画はほとんどやらなかった。シネマは、ポルノ映画の二本立て、三本立てで、オールナイトの営業だった。ビルの中だけで、世の中のだいたいのことが一通りそろっていた気がする。
この二つの映画館を、一人で管理している人がいた。支配人である。仮に岡田支配人としておく。
岡田支配人は、とても小柄な人だった。背が低くて、いつもニコニコしている。怒った顔を見た記憶がない。階段ですれ違うと、必ずニコニコしながら会釈をしてくれる。僕のほうが新入社員なのに、なぜか僕のほうが恐縮して会釈を返していた。
僕は映画が好きだ。大学では映画研究会に入り、8ミリで自主映画を撮っていた人間である。その僕が、映画館の入っているビルで働いている。これは、行くしかない。
ここで登場するのが、「業務視察証」である。
これを持っていると、視察という名目で映画館の中に入れる。何を視察するのかというと、映画を見るのである。
僕は、岡田支配人によく書いてもらった。
「すみません、今日もちょっと視察に行きたいんですが」
「ああ、ええよ、ええよ」
ニコニコしたまま、さらさらと書いてくれる。断られた記憶は、一度もない。
仕事が終わると、その紙を持って階段を上がる。窓口で紙を渡し、何事もなかったような顔で席に座る。映画を見て、そのまま帰る。
視察は、している。たぶん、している。
ところで、うちの映画館がかけている映画は、有名どころではなかった。二級作品を二本立てにしたものが、ほとんどである。
経理を担当していた僕には、わかっていたことがある。映画の借り方には、二通りあるのだ。興行収入の何パーセントかを払う歩合と、一本いくらで借りる一括のレンタル。うちの二館は、主に後者だった。
一括で借りると、利益率が高い。お客さんが入っても入らなくても、払う額は同じ。つまり、当たりの映画を引けば、利益がぐんと上がる。逆に外れを引くと、ガラガラの客席に、二本とも外れを見せることになる。
要するに、映画館の経営は、博打に近い。
その博打の胴元が、あのニコニコした支配人だと、僕は長いこと思っていた。
ある日、事務所で何気なく聞いてみた。
「今度の映画、どうやって決めてはるんですか」
答えたのは、支配人ではなかった。事務所の隅で、映画の看板を描いている先輩である。筆を置いて、ふり返って、優しい声で言った。
「ああ、それな、おっちゃんが決めてるんよ。言うてへんかったかな。ごめんな」
謝られてしまった。
何をかけるのか決めていたのは、同じ事務所で絵を描いている人だったのである。
「映画、好きなんやろ。今度のは、ええ絵が描けたから、見ておいで」
僕は「視察に行きます」と答えた。
視察証を書いてくれる人と、見る映画を決める人は、別々にいた。映画を決めるのは、看板描きの先輩。ハンコを押すのは、ニコニコの支配人。見るのは、僕。
分業は、完璧だった。
(Night 8へ続く)